グラハム・ハンコック - 2012年01月27日
2012年 謹賀新年
明けましておめでとうございます。
長い間お休みして、ごめんなさい。
2012年、
アセンションの年・・・ですね。
地球上に生きる全ての動物・植物が同じ方向に向かって、地球の望む新しい世界を目指す年ですね。
アセンションとは、三次元から五次元へ移行することだそうです。すなはち、スピリチュアルな意識世界への昇華ですね。
これを謳ったニューエイジの人々は何を意味しているのでしょうか?
多分、「神様が(又は宇宙人が)地球を五次元世界へ導いてくれる!」と言ったニュアンスでしょうか。
しかし、そんなはずはありませんよね。
マヤカレンダーが終わるからと言って、その日に急に世界が変わるはずもありません。
でも、みんなの意識が地球にとっていい方向に向かっているのは本当かもしれません。
夢のようなアセンションは起こらなくても、よりよい世界に生きたい!
そんな願いは皆さん同じだと思います。
だから、今わたしたち自らが行うアセンションの時が来たのかもしれませんね。
そのために、わたしたちはどうするべきなのでしょうか。
簡単に言うと
・地球にやさしくなる=エコ生活
・丁寧に生きる
・他人とシェアする
・全て命のあるものを大切に保つ
・生かされている環境に感謝し、尊重する
・毎日ウキウキ・ワクワク生活する
こんな感じでしょうか。
毎日の生活の中で、この6項目を意識してみましょう。
地球に、みんなに、自分に、植物に、動物に、優しい生活を心掛けたいです。
今や、
お金を持っている=幸せ ではありません。
幸せは自分が選択するもの。その形は人それぞれです。
皆様にとって2012年が毎日、その日起こった幸せに感じたことを思い出して、床につける毎日でありますように。
今年もよろしくお願い致します。
長い間お休みして、ごめんなさい。
2012年、
アセンションの年・・・ですね。
地球上に生きる全ての動物・植物が同じ方向に向かって、地球の望む新しい世界を目指す年ですね。
アセンションとは、三次元から五次元へ移行することだそうです。すなはち、スピリチュアルな意識世界への昇華ですね。
これを謳ったニューエイジの人々は何を意味しているのでしょうか?
多分、「神様が(又は宇宙人が)地球を五次元世界へ導いてくれる!」と言ったニュアンスでしょうか。
しかし、そんなはずはありませんよね。
マヤカレンダーが終わるからと言って、その日に急に世界が変わるはずもありません。
でも、みんなの意識が地球にとっていい方向に向かっているのは本当かもしれません。
夢のようなアセンションは起こらなくても、よりよい世界に生きたい!
そんな願いは皆さん同じだと思います。
だから、今わたしたち自らが行うアセンションの時が来たのかもしれませんね。
そのために、わたしたちはどうするべきなのでしょうか。
簡単に言うと
・地球にやさしくなる=エコ生活
・丁寧に生きる
・他人とシェアする
・全て命のあるものを大切に保つ
・生かされている環境に感謝し、尊重する
・毎日ウキウキ・ワクワク生活する
こんな感じでしょうか。
毎日の生活の中で、この6項目を意識してみましょう。
地球に、みんなに、自分に、植物に、動物に、優しい生活を心掛けたいです。
今や、
お金を持っている=幸せ ではありません。
幸せは自分が選択するもの。その形は人それぞれです。
皆様にとって2012年が毎日、その日起こった幸せに感じたことを思い出して、床につける毎日でありますように。
今年もよろしくお願い致します。
グラハム・ハンコック - 2011年11月14日
ネパール その2
ネパールの素敵なところ
ネパール人は、初めて会った人にでも兄弟のように呼び合います。
自分より年上の女性にはdidi(お姉さん)、年上の男性にはdai(お兄さん)
自分より年下の女性にはbahini(妹ちゃん)、年下の男性にはbai(弟ちゃん)
こんな感じで、初めて会った人も家族同然に呼び合うので話が弾む弾む。
壁がないんです。
バスで隣になったら、家族がまた一人増えちゃいます。
家の近所の人はみんな本当の家族の様にお世話をし合います。
村に行けば、みんなご飯をご馳走してくれます。
それは、みんな同じ人間だから?みんな家族なんです。
道で会ったら、「ナマステ」。毎日、朝オフィスに行くまでに何度も手を合わせて「ナマステ!お元気?」の挨拶が交わされます。
特に外国人には、凄くお世話をしてくれます。
たまに、道を歩いていると「うちにおいで、ご飯をご馳走するよ、楽しく過ごそう!」なんておじさん、おばさんから言われることもあります。
日本でこんなこと言われたら、拉致されるんじゃないか・・・なんて思ってしまいますが、
ネパールでは本当にこれが当たり前なんです。
でも、上手くお断りしないで、中途半端な返事をしてしまい、相手を怒らせてしまうことには要注意です。
はっきり自分の意見を述べることは、世界共通ですね。
日本人の(?)わたしは流されて、結局死ぬほどご飯を食べさされることもあります。勧められることに、断れなくて。
それから、コミュニティーの絆が本当に強い。
家は3階建ての2階部分を借りています。
といっても、プライバシーはあまりなく、いつも子ども達が部屋に遊びに来ます。
彼らもわたしたちの兄弟です。
ノックをする習慣がネパールにはないので、急にドアを開けて入ってきます。
お風呂に入るために素っ裸になった時に入ってこられた時は相当驚きましたが、今ではほとんどみんなノックができるようになりました。
子ども達とのブームはトランプゲームです。
いつも勝つのは決まってるけど、おもしろいんです。
それから、わたしが日本からバトミントンや縄跳びやボールを持ってきましたが、これも子ども達の大好物です。
バトミントンはネパールで習おうと思って持ってきたのに、もう羽が全部ボロボロ・・・また買おう。
それから、料理も子ども達と一緒にします。日本料理など珍しい料理を作るので興味津々のようです。
近所の大人も、村で採れた野菜をお裾分けしてくれたり、欲しいものを代わりに買ってきてくれたり、お世話好きなご近所さんに囲まれています。
こんな感じで、他人との距離が近くてもお互い気持ちいい生活がここにはあります。
日本に帰って一番恋しくなるのが、このコミュニティーの温かさだろうな~なんて、今から恋しくなっています。。。
日本では、このような文化は残っているのでしょうか。
昔はコミュニティーがあって、それこそ近所が家族のように暮らしていたとおばあちゃんが言っていました。
でも、わたしが日本に住んでいた時は近所と全くと言っていいほど関わりがありませんでした。
一人で暮らす老人、一人で子育てに悩むお母さん、これは日本の独特の文化になりつつあるのではないでしょうか。
核家族が増え、他人と距離をとるわたしたちの文化は人間関係を上手く作れない子どもたちを生んでしまっているように感じます。
ネパール人は、初めて会った人にでも兄弟のように呼び合います。
自分より年上の女性にはdidi(お姉さん)、年上の男性にはdai(お兄さん)
自分より年下の女性にはbahini(妹ちゃん)、年下の男性にはbai(弟ちゃん)
こんな感じで、初めて会った人も家族同然に呼び合うので話が弾む弾む。
壁がないんです。
バスで隣になったら、家族がまた一人増えちゃいます。
家の近所の人はみんな本当の家族の様にお世話をし合います。
村に行けば、みんなご飯をご馳走してくれます。
それは、みんな同じ人間だから?みんな家族なんです。
道で会ったら、「ナマステ」。毎日、朝オフィスに行くまでに何度も手を合わせて「ナマステ!お元気?」の挨拶が交わされます。
特に外国人には、凄くお世話をしてくれます。
たまに、道を歩いていると「うちにおいで、ご飯をご馳走するよ、楽しく過ごそう!」なんておじさん、おばさんから言われることもあります。
日本でこんなこと言われたら、拉致されるんじゃないか・・・なんて思ってしまいますが、
ネパールでは本当にこれが当たり前なんです。
でも、上手くお断りしないで、中途半端な返事をしてしまい、相手を怒らせてしまうことには要注意です。
はっきり自分の意見を述べることは、世界共通ですね。
日本人の(?)わたしは流されて、結局死ぬほどご飯を食べさされることもあります。勧められることに、断れなくて。
それから、コミュニティーの絆が本当に強い。
家は3階建ての2階部分を借りています。
といっても、プライバシーはあまりなく、いつも子ども達が部屋に遊びに来ます。
彼らもわたしたちの兄弟です。
ノックをする習慣がネパールにはないので、急にドアを開けて入ってきます。
お風呂に入るために素っ裸になった時に入ってこられた時は相当驚きましたが、今ではほとんどみんなノックができるようになりました。
子ども達とのブームはトランプゲームです。
いつも勝つのは決まってるけど、おもしろいんです。
それから、わたしが日本からバトミントンや縄跳びやボールを持ってきましたが、これも子ども達の大好物です。
バトミントンはネパールで習おうと思って持ってきたのに、もう羽が全部ボロボロ・・・また買おう。
それから、料理も子ども達と一緒にします。日本料理など珍しい料理を作るので興味津々のようです。
近所の大人も、村で採れた野菜をお裾分けしてくれたり、欲しいものを代わりに買ってきてくれたり、お世話好きなご近所さんに囲まれています。
こんな感じで、他人との距離が近くてもお互い気持ちいい生活がここにはあります。
日本に帰って一番恋しくなるのが、このコミュニティーの温かさだろうな~なんて、今から恋しくなっています。。。
日本では、このような文化は残っているのでしょうか。
昔はコミュニティーがあって、それこそ近所が家族のように暮らしていたとおばあちゃんが言っていました。
でも、わたしが日本に住んでいた時は近所と全くと言っていいほど関わりがありませんでした。
一人で暮らす老人、一人で子育てに悩むお母さん、これは日本の独特の文化になりつつあるのではないでしょうか。
核家族が増え、他人と距離をとるわたしたちの文化は人間関係を上手く作れない子どもたちを生んでしまっているように感じます。
グラハム・ハンコック - 2011年10月25日
ネパール その1
ある記事でこんなものを見つけた
http://www.usatoday.com/news/world/story/2011-10-22/India-women-names/50869628/1
「いらない子」と名付けられたインドの女の子たち。
インドでもネパールでも、家庭内で男子はとても大事に育てられる。
女子は結婚するときには、金がかかる。結婚すれば、家庭に入るので収入は全くない。教育でお金がかかるだけだ。
女子はいらない。
男子が欲しい。男子は自分が老いても面倒を看てくれる。金を稼いでくれる。
そんな理由で、女子が生まれてしまったら、「いらない子」と名付ける親がいるらしい。
そこで、そんな女の子たちが自分の名前を希望のある名前に変えるインディアン政府のイベントがあったそうな。
ネパールでの発見。
女性の社会的地位が低い。
女性の教育水準が低い。
公立学校は女子の比率が男子よりも何倍も高い。特に学年が上がるにつれてその比率は大きく差が開く。
それは女子が男子よりもお金をかけて育てられるから。
女は勉強しても、結婚すれば結局は家内に入ってしまう。
家事仕事、子育て、畑仕事・・・勉強しなくても生きていける。
(しかし、ネパールの女性は本当に働き者だ。
不便な生活の中で、水汲み、草刈、畑仕事、5食の食事、子育てを毎日毎日やってのけるのだから。)
それに比べ男は外に出て、仕事。外国で出稼ぎに行く人も少なくない。外国に兵隊に行く人も多い。
だから、英語を話さないといけないんだ。
私立学校では9割が英語で授業が行われる。数学も理科も歴史もみんな英語。ネパール語はネパール語の授業だけ。
だから、私立学校で学ぶ子どもたちは本当に流暢な英語を話す。
でも、最近の子はストロベリーをネパール語で言えない。つまり単語を英語で覚えてしまうため、ネパール語を知らない。
こうやって、文化がどんどん失われていくのか。
ふと出会う、文化の違い。
これを、一言で文化の違いと言い切っていいものかはわからない。
でも、日本とは全く違う文化のネパールの人々は今日もたくましく生きている。
http://www.usatoday.com/news/world/story/2011-10-22/India-women-names/50869628/1
「いらない子」と名付けられたインドの女の子たち。
インドでもネパールでも、家庭内で男子はとても大事に育てられる。
女子は結婚するときには、金がかかる。結婚すれば、家庭に入るので収入は全くない。教育でお金がかかるだけだ。
女子はいらない。
男子が欲しい。男子は自分が老いても面倒を看てくれる。金を稼いでくれる。
そんな理由で、女子が生まれてしまったら、「いらない子」と名付ける親がいるらしい。
そこで、そんな女の子たちが自分の名前を希望のある名前に変えるインディアン政府のイベントがあったそうな。
ネパールでの発見。
女性の社会的地位が低い。
女性の教育水準が低い。
公立学校は女子の比率が男子よりも何倍も高い。特に学年が上がるにつれてその比率は大きく差が開く。
それは女子が男子よりもお金をかけて育てられるから。
女は勉強しても、結婚すれば結局は家内に入ってしまう。
家事仕事、子育て、畑仕事・・・勉強しなくても生きていける。
(しかし、ネパールの女性は本当に働き者だ。
不便な生活の中で、水汲み、草刈、畑仕事、5食の食事、子育てを毎日毎日やってのけるのだから。)
それに比べ男は外に出て、仕事。外国で出稼ぎに行く人も少なくない。外国に兵隊に行く人も多い。
だから、英語を話さないといけないんだ。
私立学校では9割が英語で授業が行われる。数学も理科も歴史もみんな英語。ネパール語はネパール語の授業だけ。
だから、私立学校で学ぶ子どもたちは本当に流暢な英語を話す。
でも、最近の子はストロベリーをネパール語で言えない。つまり単語を英語で覚えてしまうため、ネパール語を知らない。
こうやって、文化がどんどん失われていくのか。
ふと出会う、文化の違い。
これを、一言で文化の違いと言い切っていいものかはわからない。
でも、日本とは全く違う文化のネパールの人々は今日もたくましく生きている。
グラハム・ハンコック - 2011年09月10日
ホ・オポノポノ
ホ・オポノポノについて、本を読みました。
ハワイに伝わる問題解決法をホ・オポノポノと言います。
自分の力だけで問題解決をする方法をSITHホ・オポノポノ(Self Identity Through ホ・オポノポノ)と言います。
その方法はとても簡単で、問題が生じたときに次の4つの言葉を唱えます(実際に言葉に出してもいいし、心の中で唱えることもできる)。
Thank you
I love you
I'm sorry
Please forgive me
問題が生じるのは、わたしたちの記憶が再びよみがえり、その記憶が問題を起こし、それを体験させているのだそうです。
その問題の原因となる記憶を消去することをクリーニングと言い、クリーニングをすることによって問題を解決します。そのクリーニングが上の4つの言葉です。
言葉はその時の自分の感覚で全て唱えてもいいし、一つだけでも構わない。
過去から背負った、辛い記憶、悔しい思い出、悲しいこと。
ふと、思い出すことがあります。
それは、1秒前に起こった出来事かもしれません。
もしくは1週間前?又は、子ども時代?いや、それは前世から続いている潜在的な記憶なのかもしれません。
わたしたちが生まれ、共に生活をする人たちは前世でもとても近くに存在した相手なのだそうです。
例えば、両親。前世では、自分の子どもだったかもしれないし、パートナーだったかもしれません。
しかし、また現世で生まれ変わってまた、同じ時間を共用している、それは前世でクリアできなかったことを現世でも、またチャレンジするためなのだそうです。
すると、また色んな問題が起こります。その時に、マイナスに感じるのではなく、問題を解決する方法を取りましょう。そして現世で問題に気付けたことに感謝するのだそうです。そして来世まで持ち込まないようにするのです。
『ホ・オポノポノ ライフ』 著:カマイリ・ラファエロヴィッチ 講談社
本は初めとても難しく感じました。内容がよく理解できませんでした。
この考え方は、「今、この瞬間を本当の自分として大事に生きる」という意味なんだと思います。
過去を引きずらず、今を生きる。
自分の意識は、無意識または潜在意識によって左右されています。
何かに挑戦するとき、過去の失敗から恐れを抱くこともあります。また、世間の情報などで当たり前だと思っていることもあります。
それは全てクリーニングし、本当の自分の姿で人生に臨むのです。
毎回、何かある度にクリーニングするのは大変そう。よみがえって来る記憶を無くなるまで全てクリーニングするのだそうです。書き出してもいい、全てクリーニング。
そうやって記憶を辿ると、本当の自分に出会えるのだろうか。記憶を辿り、ひとつずづ解決していき、本当の自分の問題点を発見する。
忙しい日本では、問題が生じたら瞬時に対処!でも、ひとつでもいいからゆっくり記憶を辿って、対処してみましょう。自分だけの力で、自分の心を癒してあげてくださいね。
ホ・オポノポノについて色んな本が出ているようです。是非チェックしてみてください。
ハワイに伝わる問題解決法をホ・オポノポノと言います。
自分の力だけで問題解決をする方法をSITHホ・オポノポノ(Self Identity Through ホ・オポノポノ)と言います。
その方法はとても簡単で、問題が生じたときに次の4つの言葉を唱えます(実際に言葉に出してもいいし、心の中で唱えることもできる)。
Thank you
I love you
I'm sorry
Please forgive me
問題が生じるのは、わたしたちの記憶が再びよみがえり、その記憶が問題を起こし、それを体験させているのだそうです。
その問題の原因となる記憶を消去することをクリーニングと言い、クリーニングをすることによって問題を解決します。そのクリーニングが上の4つの言葉です。
言葉はその時の自分の感覚で全て唱えてもいいし、一つだけでも構わない。
過去から背負った、辛い記憶、悔しい思い出、悲しいこと。
ふと、思い出すことがあります。
それは、1秒前に起こった出来事かもしれません。
もしくは1週間前?又は、子ども時代?いや、それは前世から続いている潜在的な記憶なのかもしれません。
わたしたちが生まれ、共に生活をする人たちは前世でもとても近くに存在した相手なのだそうです。
例えば、両親。前世では、自分の子どもだったかもしれないし、パートナーだったかもしれません。
しかし、また現世で生まれ変わってまた、同じ時間を共用している、それは前世でクリアできなかったことを現世でも、またチャレンジするためなのだそうです。
すると、また色んな問題が起こります。その時に、マイナスに感じるのではなく、問題を解決する方法を取りましょう。そして現世で問題に気付けたことに感謝するのだそうです。そして来世まで持ち込まないようにするのです。
『ホ・オポノポノ ライフ』 著:カマイリ・ラファエロヴィッチ 講談社
本は初めとても難しく感じました。内容がよく理解できませんでした。
この考え方は、「今、この瞬間を本当の自分として大事に生きる」という意味なんだと思います。
過去を引きずらず、今を生きる。
自分の意識は、無意識または潜在意識によって左右されています。
何かに挑戦するとき、過去の失敗から恐れを抱くこともあります。また、世間の情報などで当たり前だと思っていることもあります。
それは全てクリーニングし、本当の自分の姿で人生に臨むのです。
毎回、何かある度にクリーニングするのは大変そう。よみがえって来る記憶を無くなるまで全てクリーニングするのだそうです。書き出してもいい、全てクリーニング。
そうやって記憶を辿ると、本当の自分に出会えるのだろうか。記憶を辿り、ひとつずづ解決していき、本当の自分の問題点を発見する。
忙しい日本では、問題が生じたら瞬時に対処!でも、ひとつでもいいからゆっくり記憶を辿って、対処してみましょう。自分だけの力で、自分の心を癒してあげてくださいね。
ホ・オポノポノについて色んな本が出ているようです。是非チェックしてみてください。
グラハム・ハンコック - 2011年08月31日
グラハム・ハンコック - 2011年08月29日
The Golden Rule
The Golden Rule
Christianity:
All things whatsoever you would that men should do to you,
do ye even so to them: for this is the Law and the Prophets.
Mathew, 7.12
Judaism:
What is hateful to you, do not do to your fellow man. That is the entire Law;
All the rest is commentary.
Talmud, Shabbet, 31a
Islam:
No one of you is a believer until he desires for his brother that which he desires for himself.
Sunnah
Brahmanism:
This is the sum of duty: Do naught unto others which would cause you pain if done to you.
Mahabarata, 51 1517
Buddhism
Hurt not others in ways that you yourself would find hurtful
Udan-Varga, 5,18
Confuscianism
Surely it is the maxim of loving kindness: Do not unto others that you would not have them do unto you.
Analects, 15.23
Taoism
Regard your neighbour's gain as your own gain, and your neighbour's loss as your own loss.
T'ai Shang Kan Ying Pien
Zoroastrianism
That nature alone is good which refrains from doing another whatsoever is not good for itself.
Dadistan-i-dinik, 94,5
From Uncommon Sense, by Gregory Sams, a cultural change agent and inventor of the Vege Burger. The entire book is freely available online here: http://www.gregorysams.com/uncommon-sense.html, and is well worth the read.
グラハム・ハンコック - 2011年08月28日
夢が教えてくれる事
先日、赤ちゃんを産む夢をみた。
とっても鮮明に。
お腹を抱えて、独りで助産院らしきところへ行く。
そして、助産師さんと二人でおしゃべり。
ご飯を食べてた。でもあんまり沢山食べられなかった。
小便に行きたくなった。お腹が痛くて泣きながら、助産師さんに助けてもらいながらトイレへ。
そしたら、脚が出てきた!
逆子だったらしい。
痛くて、とりあえずベットの置いている部屋へ。
四つん這いになって、うーん!って産んだ。
痛かったけど、とても神秘的に、光と共にゆっくりその子は出てきた。
そんなに時間はかからなかったけど、本当に疲れた。
汗と涙でその子が見えない。もう手にも力が入らない。
その子が男の子か女の子か、それも確かめずに目覚ましの音で起きてしまった。
何を意味してたんだろう、この夢は。
とても神秘的で優しく激しい感情はずっと続いた。
未来の自分の子どもなのか。
子どもが欲しいなんて、口では言ってみるけど、本当はまだまだ怖い。
もっと自分が大人になってから、産まなければ、生まれた子がかわいそうだ。
そんな気持ちがあるから、赤ちゃんなんてまだまだ先の話。
以前も赤ちゃんを抱いている夢や小さな子どもの手を引いて歩いている夢を続けて何回か見たことがある。
それをアストロジーの先生に聞いてみた。
それは、新しい自分なんだって。
自分の中で、新しい自分が出てきたんだって。
潜在意識では、もう気付いてる。自分が新しくなったことを。
わたしは、バージョンアップした新しいあやこ。
でも、今回の夢はもしかして、「出産」について怖がるわたしに、「将来」のことを怖がるわたしに未来の子が、大丈夫だよー!!って疑似体験させてくれたのかも…!?
あぁー、なんだか、赤ちゃんが欲しくなってしまった。。。単純。。。
こちらに夢占いのリンクを載せます
http://www1.s2.starcat.ne.jp/tyke/others/yume.htm
夢は潜在意識の象徴です。
夢を見ると毎回、ノートに書き込んでみましょう。
その時の自分の意識に耳を傾けてあげると、いい方向に進むかもしれません。
その夢の意味するメッセージを、しっかり拾ってあげましょう。
とっても鮮明に。
お腹を抱えて、独りで助産院らしきところへ行く。
そして、助産師さんと二人でおしゃべり。
ご飯を食べてた。でもあんまり沢山食べられなかった。
小便に行きたくなった。お腹が痛くて泣きながら、助産師さんに助けてもらいながらトイレへ。
そしたら、脚が出てきた!
逆子だったらしい。
痛くて、とりあえずベットの置いている部屋へ。
四つん這いになって、うーん!って産んだ。
痛かったけど、とても神秘的に、光と共にゆっくりその子は出てきた。
そんなに時間はかからなかったけど、本当に疲れた。
汗と涙でその子が見えない。もう手にも力が入らない。
その子が男の子か女の子か、それも確かめずに目覚ましの音で起きてしまった。
何を意味してたんだろう、この夢は。
とても神秘的で優しく激しい感情はずっと続いた。
未来の自分の子どもなのか。
子どもが欲しいなんて、口では言ってみるけど、本当はまだまだ怖い。
もっと自分が大人になってから、産まなければ、生まれた子がかわいそうだ。
そんな気持ちがあるから、赤ちゃんなんてまだまだ先の話。
以前も赤ちゃんを抱いている夢や小さな子どもの手を引いて歩いている夢を続けて何回か見たことがある。
それをアストロジーの先生に聞いてみた。
それは、新しい自分なんだって。
自分の中で、新しい自分が出てきたんだって。
潜在意識では、もう気付いてる。自分が新しくなったことを。
わたしは、バージョンアップした新しいあやこ。
でも、今回の夢はもしかして、「出産」について怖がるわたしに、「将来」のことを怖がるわたしに未来の子が、大丈夫だよー!!って疑似体験させてくれたのかも…!?
あぁー、なんだか、赤ちゃんが欲しくなってしまった。。。単純。。。
こちらに夢占いのリンクを載せます
http://www1.s2.starcat.ne.jp/tyke/others/yume.htm
夢は潜在意識の象徴です。
夢を見ると毎回、ノートに書き込んでみましょう。
その時の自分の意識に耳を傾けてあげると、いい方向に進むかもしれません。
その夢の意味するメッセージを、しっかり拾ってあげましょう。
グラハム・ハンコック - 2011年08月24日
Entangled is now out in Japan!
Graham's latest book, Entangled, has been released in Japanese under the title "リアとレオーニ 時空を超えた姉妹 (Ria & Leoni)".
See Graham's Official Japanese website for details. You may also go directly to the Ria & Leoni page for more information.
Click the book image to the left to find it on Amazon.
Please see the trailer below:
グラハム・ハンコック - 2011年08月17日
地球2

このマークは一体…?
カエル…蛙は自然の変化にとても敏感で、環境の悪化で、一番早く姿を消してしまうのが彼らなのだそうです。
このカエルマークは世界の森林保全を目的に活動する国際NGOレインフォレスト・アライアンスの認証マークなんです。
レインフォレスト・アライアンスは、アメリカのニューヨークに本部を置く世界的に活動する団体で、地球環境保全に向けて、熱帯雨林を保護することを目的に1987年に設立された国際的な非営利環境保護団体です。
自然環境の保護だけでなく、人権に配慮した労働環境、地域社会への貢献などNGO独自の厳しい基準をクリアした農園経営を実現する農家を支援するマークです。
では、一体どんなものにこのマークがついているのでしょう…
コーヒー、紅茶、果物(バナナ・パイナップル)、チョコレートetc
例えば・・・
UCC
リプトン
モスバーガーのコーヒー
ファミリーマートの自社ブランドコーヒー
ユニフルーティーのバナナ、パイナップル
meijiのアグロフォレストリーチョコレート 等があります。
毎日欠かせない朝のコーヒー。
鞄にいつも忍ばせているチョコレート。
夕食デザートのパイナップル。
そのどれか一つをカエルマーク付きのコーヒーに替えてみるのはいかがでしょうか?
その一行動が世界の誰かを幸せにするかもしれませんね。
そして、自分にちゃんといい形で還ってくることでしょう。
グラハム・ハンコック - 2011年08月13日
地球
地球のイメージとは?
青、海、人工的な光、陸、文明、パワー…
わたしのイメージはこんな感じ。みなさんは地球にどんなイメージを持ちますか?
でも、本当は'自然’って言葉が入ってないと、おかしいんじゃない?!
1980年代から社会問題として森林減少が世界的に認識し始められました。
それから、植林が各国で行われています。
それなのに
今でも 東京都の半分の森が毎日地球から消えていっているそうです。
約1万年前には、62億ヘクタールあった森林が、今では40億ヘクタールまで減少されているのだとか。
とくにブラジルやインドネシアでの熱帯雨林の減少は進むばかり。
自然がない = 人間が生きていけない
わたしたちの生活ではあらゆる物が木から作られています。本当に色んなもの。
だけど、消費社会の日本。まだまだ使えるものもゴミになっていることが多い。
無駄を無くすこと。それが、森に優しい、わたしたちにできることなんじゃないか。
わたしは今ネパールに住んでいます。
ネパールでは、まだまだ自然と共に生きる文化が残っています。
例えば、村では食器を大きな葉っぱを器にして、食べ終わるとその葉を土に戻します。
そうやって、今までやってきたこと。
生活がシンプルだから、ゴミがまず出ません。無駄が無い。森との共存。
ゴミが出ても、もともと自然に返るものからできているから、すぐ土に返ります。
物は本当に大事にするし、壊れると、修理してくれる人もちゃんといます。
だけど、ネパールでも文明は進んで、外国からの輸入品が沢山入ってきました。
その中にプラスチックがあります。
彼らはプラスチックとは何なのか、知ってか知らずか、これも同じように森に捨ててしまいます。
もちろん、プラスチックは自然に戻りません。
大量のプラスチックが森に溢れて、今このゴミ問題がネパールでも大きな問題になっています。
そう、こういう話は先進国だけの問題じゃなくて、まだ文明が追いついていない発展途上国も同じなのです。
発展途上国には先進国のような機能のいいゴミ処理場もありません。
家の前でゴミを燃やしたり、森に捨てるのが当たり前です。
今まではそれでよかった。
でも、今プラスチックで溢れるゴミたちは行き場を失い、森をさまよっています。あるいは、道を。
今、その問題について多くの人が取り組んでいて、良い方向に向かっていると思います。
しかし、それは他人事ではない。
わたしたちにできることは、なんでしょう?
日本では、今も節電、節約の声が上がっていることでしょう。
それと同時に森を作る。そんな声も上がっていることでしょう。
未来の地球は、自然がいっぱい。そんな明るい地球になーれ!
青、海、人工的な光、陸、文明、パワー…
わたしのイメージはこんな感じ。みなさんは地球にどんなイメージを持ちますか?
でも、本当は'自然’って言葉が入ってないと、おかしいんじゃない?!
1980年代から社会問題として森林減少が世界的に認識し始められました。
それから、植林が各国で行われています。
それなのに
今でも 東京都の半分の森が毎日地球から消えていっているそうです。
約1万年前には、62億ヘクタールあった森林が、今では40億ヘクタールまで減少されているのだとか。
とくにブラジルやインドネシアでの熱帯雨林の減少は進むばかり。
自然がない = 人間が生きていけない
わたしたちの生活ではあらゆる物が木から作られています。本当に色んなもの。
だけど、消費社会の日本。まだまだ使えるものもゴミになっていることが多い。
無駄を無くすこと。それが、森に優しい、わたしたちにできることなんじゃないか。
わたしは今ネパールに住んでいます。
ネパールでは、まだまだ自然と共に生きる文化が残っています。
例えば、村では食器を大きな葉っぱを器にして、食べ終わるとその葉を土に戻します。
そうやって、今までやってきたこと。
生活がシンプルだから、ゴミがまず出ません。無駄が無い。森との共存。
ゴミが出ても、もともと自然に返るものからできているから、すぐ土に返ります。
物は本当に大事にするし、壊れると、修理してくれる人もちゃんといます。
だけど、ネパールでも文明は進んで、外国からの輸入品が沢山入ってきました。
その中にプラスチックがあります。
彼らはプラスチックとは何なのか、知ってか知らずか、これも同じように森に捨ててしまいます。
もちろん、プラスチックは自然に戻りません。
大量のプラスチックが森に溢れて、今このゴミ問題がネパールでも大きな問題になっています。
そう、こういう話は先進国だけの問題じゃなくて、まだ文明が追いついていない発展途上国も同じなのです。
発展途上国には先進国のような機能のいいゴミ処理場もありません。
家の前でゴミを燃やしたり、森に捨てるのが当たり前です。
今まではそれでよかった。
でも、今プラスチックで溢れるゴミたちは行き場を失い、森をさまよっています。あるいは、道を。
今、その問題について多くの人が取り組んでいて、良い方向に向かっていると思います。
しかし、それは他人事ではない。
わたしたちにできることは、なんでしょう?
日本では、今も節電、節約の声が上がっていることでしょう。
それと同時に森を作る。そんな声も上がっていることでしょう。
未来の地球は、自然がいっぱい。そんな明るい地球になーれ!
グラハム・ハンコック - 2011年08月03日
THE CELESTINE PROPHECY - 聖なる予言
シリーズ 第一章~第九章を読んでいない方はこちら 聖なる予言 第一章, 聖なる予言 第二章, 聖なる予言 第三章, 聖なる予言 第四章, 聖なる予言 第五章, 聖なる予言 第六章, 聖なる予言 第七章, 聖なる予言 第八章, 聖なる予言 第九章
聖なる予言のシリーズを書いてきました。
実はこれは、世界的ベストセラー小説です。
著者はJames Redfield氏です。
偶然の一致=シンクロニシティーが呼び起こす魂の冒険は、わたしたちが今の世の中で本当に探しているものではないでしょうか?
なぜ今自分として生きているのか?
なぜ今この世に生かされているのか?
何のための人生なんだろうか?
もちろん、その答えはあなた自身のものです。答えは一つではないと思います。
だけど、今多くの人が同じ人生の目標を望んでいます。多くの人が目覚めているのです。
世の中には不思議なことが溢れています。言葉では説明できないことも沢山あります。
誰もが霊的な体験をしたことがあるのではないでしょうか?
ただ、今の忙しい世界にいることで、忘れてしまったり、その存在に気付かないだけなのかもしれません。
霊的な存在は太古からあったものです。人類はそれを神として、また偉大なものとして敬ってきました。
でも、今はどうでしょう。忘れてしまったものになっていないでしょうか?
わたしたちに必要なこと、それは…
自然を大切にすること。
宇宙と繋がること。
感謝すること。
自分の意識レベルを上げること。
他人の美を賛美し、エネルギーを送ること。
これらを毎日少しでもやってみましょう。そうすれば、この聖なる予言に書かれている新しい文化の世界も、近い未来に訪れるかもしれません。
もしくは、もう誰かがその世界に住んでいるかもしれません!?
みなさんの周りには、もう偶然の一致は起こっていますか?
みなさんは、どんな未来を望みますか?
冒険の書、『聖なる予言』、お勧めの一冊です!!
グラハム・ハンコック - 2011年08月02日
聖なる予言 第九章

シリーズ 第一章~第八章を読んでいない方はこちら 聖なる予言 第一章, 聖なる予言 第二章, 聖なる予言 第三章, 聖なる予言 第四章, 聖なる予言 第五章, 聖なる予言 第六章, 聖なる予言 第七章, 聖なる予言 第八章
『第九章 新しい文化』
今までの知恵を完璧に理解しているでしょうか?
あなたがその理解を得たとき、この最後の知恵は訪れます。
それでは、最後の知恵を書き込みましょう。
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遂に最後の知恵を知るときがきた。
今まで、出会うべき時に、出会うべき人に会い、知るべきことを知ってきた。
こんなに短い間にこんなに大事なことを経験することは後にも先にもないだろう。
そう、目覚めるときが来たのだ。
人間として、わたしたちは今目覚めなければいけない。
そして、最後の写本には第九の知恵の内容をこう書かいていた。
第九の知恵は、人類の次の文化が書かれていた。
これからの地球上には、今までとは、全く違った生活がくる。
人類は自発的に人口をコントロールし、減少させ、地球上で最もエネルギーの満ちる美しい場所に住めるようになる。
人々は目覚める。山・川・木・森がパワーの源であり、とても大事にしなければいけないことに。
そして、それを脅かす経済活動は中止され、環境問題を今までとは違う視点で解決していくようになる。
そして、人々は誰も支配しなくなり、自分の時間を大事にするために過重労働をしなくなり、衣・食・住においても十分に充たされ、誰もが自由になってゆく生活を得るようになる。
そして、人々の意識のレベルが上がり、世界はとても美しく住み良い場所と変化していくのだ、と。
しかし、ひとつ大事なことがある。
それは、恐怖を感じるとエネルギーレベルが下がるため、また今と同じ世界に舞い戻ってくる可能性もあるということ。
でも、それを超えたとき、エネルギーレベルの高い人々はより純粋に霊的になり、低いレベルの人々からは見えなくなる。これは、人々がそこから生まれ、死んだあと、また戻ってゆくあの世とこの世を越えた印である。物質的な世界から霊的な世界へと移行するのだ。
人類はこれから、何を追い求めていくべきなのか。
それは、このような世界-------「地上の天国を作り上げるために生きていく」べきなのだ。
それを得るための大事な九つの知恵を写本は教えてくれたのだ。
いつも忘れてはいけないこと。
それは、自然への畏敬なのだ。
グラハム・ハンコック - 2011年08月01日
聖なる予言 第八章

シリーズ 第一章~第七章を読んでいない方はこちら 聖なる予言 第一章, 聖なる予言 第二章, 聖なる予言 第三章, 聖なる予言 第四章, 聖なる予言 第五章, 聖なる予言 第六章, 聖なる予言 第七章
『第八章 人との新しいかかわり方』
わたしは、一人の女性とその娘と出会った。
少女はまだ五歳の子どもだったが、話口調はずっと大人びていた。
母親はカーラと名乗った。
彼女は第八の知恵を知っていた。彼女曰く、第八の知恵は一般に人とかかわる時の新しい方法で、どう人に関わればいいのか、という事について書いてあるらしかった。
初めは、子どもへの関わり方について。
大事な事は、子どもをありのままに見るということである。第七の知恵で学んだように、最悪なのは子どものエネルギーを奪い取ることであって、強制することである。
しかし、どんな状況でも、大人が必要なエネルギーを子どもに与えさえすれば、子どもは不必要なエネルギーと戦わずに済むのだ。大人は子どもに十分にエネルギーを与える必要がある。それはとても大変で、一対一の関係でなければ、成立しないのである。例えば、兄弟同士が大人の時間を自分に得ようとして喧嘩をしたりするのは、大人一人が十分二人にエネルギーを与えられていないために起きる争いなのである。子どもは大人から世界を学び、世界を知る。そうして、誠心誠意の注意を得た子どもは不必要に大人からエネルギーを得ようとわざとらしく振舞ったり、自分をよく見せたりする必要を感じない人間になるのだ。そして、エネルギーを得る対象が大人から宇宙へと移る時も、簡単にできるようになるのだ。
次に恋愛関係にある二人の間について。
今までとても恋愛を楽しんでいた二人がある日、急に争いあう。そのようなカップルはとても多い。では、なぜそのような事が起こるのか?それは、二人の間のエネルギーの流れが関係している。
「恋に落ちた」二人は、とても気持ちが高ぶる。こうした気持ちの高ぶりが相手から得られるエネルギーだと期待してしまうことがそもそもの難点なのだ。そこで、宇宙から切り離され、その満ち足りないエネルギーを相手からもっともっと得ようとする。自分が相手にエネルギーを与えるのを止めて、エネルギーを奪おうとし、相手を支配したいという気持ちが対立が起こさせる。そして、権力闘争に陥ってしまい、結局は弱い立場の一人が服従することになる。
人間は半円の形を持っていて、他の半円を求め、円を完成し、幸福感とエネルギーを得たい欲求がある。その欲求は、多くの場合異性に求める。これは依存的な欲求であり、すぐに表面化し問題になってしまう。
これを理解すれば、一目惚れはとても危険だとわかる。初めは楽しいが、相手の本当の中身を知らず、徐々に知っていく中で問題が起こることが多い。
では、どのようにして、この関わり合いを上手く運べばいいのか?
それは、十分なエネルギーが入ってきて愛を感じ始めるまでその美しさを味わい、賞賛すればいいのだ。そうすれば、わたしたちはエネルギーを送り返すことができるのである。
これは、とても難しいことだが、初めに大切なことは自分のエネルギーを高く保ち、自分の中でエネルギーを流し、自分を通して、他人へと流していく。その他人の内面の美しさを賞賛すればするほど、そのエネルギーは大きくなり、それがまた、相互作用して自分に返って来るのである。
人を愛すること、それはとても素敵なことである。大量のエネルギーを互いに交換し合うことで、お互いを高める、それは、自分にできる最上のことである。
ここで言いたいのは、相互依存し、中毒を起こし、エネルギーを奪いあう危険性を避けることである。そのために意識しなければならないのは、自らのエネルギーの流れを高め、物や相手の美しさを認め賞賛し、それを送りあうことである。それはカップルであっても親子であっても、グループの友達関係、雇用関係、国家関係全てに結びつくものだと思う。
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よく、身近な人ほど大切にしなければいけないと言うが、それは自分自身のためにでもあるのだ。家族、恋人、夫婦、友人、隣人…
その美しいエネルギーは、地球をどのように変化させていくのか…?
第九章 新しい文化 … 次回へ続く
グラハム・ハンコック - 2011年07月31日
聖なる予言 第七章

シリーズ 第一章~第六章を読んでいない方はこちら 聖なる予言 第一章, 聖なる予言 第二章, 聖なる予言 第三章, 聖なる予言 第四章, 聖なる予言 第五章, 聖なる予言 第六章
『第七章 流れに乗る』
わたしはサンチェス神父に促されるまま、あの神秘的な体験を思い出していた。
気持ちが落ち着いていて心地よく、宇宙と繋がり、愛に満ちている…
そこで、また神父は話し続けた。
「あなたがコントロールドラマをやめると、習慣的に頭の中で組み立てていた言葉は止んでしまう。内なるエネルギーに満たされると、あなたはより高い部分から今までとは違う考えが、思い浮かぶ。これが直感だ。これは今までとは違う感覚で、それはあなたの心の後ろ側に現れ、時には白昼夢や小さなヴィジョンとなって現れることもある。それはあなたを指示し、導くためにやって来るのだ。
十分にエネルギーを得ると、準備が整って、進化に意識的に取り組み、流れ始め、前へと導いてゆく偶然の一致を起こすようになる。自分自身の進化に、今までと全く違った方法で取り組む。
まず第一に、十分なエネルギーを溜め込む。すると自分の基本的な人生の課題、両親が与えた課題に気付く。この課題が進化のための全体的な背景となっているからだ。次に今直面している差し迫った小さな問題を発見する事によって、自分の道の中心に進む。こうした問題は必ず大きな問題へと繋がってゆき、今、一生の探求のどのあたりにいるか、教えてくれるのである。
今直面している問題に気付きさえすれば、どうするべきか、どこへ行くべきか、指し示してくれるものがある。つまり、次のステップについて勘が働くようになるのだ。これが起きない唯一の場合は、誤った問題を心に持っている時である。人生で難しいことは、答えを得る事ではなく、現在の問題を認識する事である。何が問題か正しくわかりさえすれば、答えは必ず出てくるのである。
次に何をするのか、直感を得たあと、次のステップは、非常に注意深く観察することである。必ず偶然の一致が起こり、直感が示した方向へ導いてくれるのである。」
つまり、第七の知恵は、意識的に自分を進化させ、偶然の一致と宇宙が与える全ての答えに、常に注意することについて書いてあるのだ。
今までの写本の知恵を一つにまとめてみると…
今直面している人生の問題をしっかり心にとめておくことで、また、夢や直感や目に飛び込んでくる様子を十分に観察し、方向を見極める。さらに、エネルギーを充たし、自分の状況や問題に自分を集中させると、直感と言う形で、どこへ行けばいいか、何をすればいいか導きを受け取る事が出来る。次に偶然の一致が次々に起きて、わたしたちをその方向へと動かしてゆく。そして、偶然の一致がわたしたちを何か新しいものに導いてゆく時、わたしたちは成長し、より完全な人間となり、より高い波動の中に生きるのである。
しかし、次に写本が警告していることがある。
あなたが他の人に中毒すると、成長が止まってしまうことがあるらしい。
他の人に中毒する…とは?
第八章 人との新しいかかわり方 … 次回に続く
グラハム・ハンコック - 2011年07月30日
聖なる予言 第六章

シリーズ 第一章~第五章を読んでいない方はこちら 聖なる予言 第一章, 聖なる予言 第二章, 聖なる予言 第三章, 聖なる予言 第四章, 聖なる予言 第五章
『第六章 過去の清算』
わたしの目の前にいたのは、サンチェス神父だった。
わたしは彼に自分の身に起こった神秘体験について話した。
彼は「エネルギーを人から奪うのではなく、自ら手に入れるためには、心を開き、天と繋がり、感謝の気持ちを持たなければならない。
そして、このエネルギーが偶然の一致をもたらし、この偶然の一致が、わたしたちが望む新しいレベルを永久的なものにする手助けとなるのだ」と言った。
しかし、このエネルギーを永久的に自分のものにするためには、あるハードルをこえなければならない。
そのハードルとは…
それは、第四の知恵は、人はいつもエネルギーが不足していると感じて、他人をコントロールして相手のエネルギーを奪おうとしている。第五の知恵では、もっと他のエネルギーの源があると言っているが、そのエネルギーとずっと繋がっているためには自分が他人をコントロールするために使う間違ったやり方に気付き、やめなければならない。この無意識の癖に陥ると、わたしたちは必ず源から切り離されてしまうからである。
他人をコントロールする型とは、わたしたちが子どもの頃、人の注意を引き、エネルギーを自分に引き寄せようとして学び取ったもので、わたしたちは大人になってもそこから抜け出せなくなっている。その事実を見ることによって、わたしたちは自分の何度も繰り返している癖に完全に気付く事ができる。これを無意識の「コントロールドラマ」と言う。
では、過去を振り返って、子どもの頃の家族生活を思い出し、このような癖がどのように形成されたか、見なければならない。そのきっかけがわかると自分のコントロールの型をはっきり意識できる。
家族の全員が、自分のドラマを演じていて、子どもからエネルギーを吸い取ろうとしている。これが、わたしたちがコントロールドラマを作らざるを得ない、そもそもの原因である。
種類は4つ。
●尋問者…何か誤りを見つけ出すという特定の目的をもって、質問をしては他人の世界に介入する。誤りを見つけると、相手のその点を批判し、この戦略が成功すると、批判された人はそのドラマに引き込まれ、エネルギーを与えてしまう。
●脅迫者…言葉や暴力で攻撃的にむりやり人の注意を自分に向けさせ、相手からエネルギーを得る。
●被害者…自分に起きたひどい出来事を話し、それもいかにもあなたに責任があるように匂わせておいて、もし助けてくれなければ、この酷いことがずっと続くと訴える、最も受け身なレベルでコントロールしようする。
●傍観者…自分の思っていることを話さず、相手の質問などにも答えようとしない。よそよそしい態度の受身をとる。
ドラマは順番に、脅迫者、尋問者、傍観者、被害者となる。
自分のドラマがわかると、次に無意識的な行動から抜け出して、ずっと自由になり、人生の深い意味を発見することができる。つまり、わたしたちがその家族に生まれた霊的な理由がわかり、自分は本当は何者なのか、明らかになり始めるのである。
わたしたちは親から肉体をもらっただけではない。霊的なものも受けついでいる。両親の人生はわたしが何者かということについて大きな影響力を持っている。本当の自分自身を発見するためには、本当の自分は両親の真実の間から始まっていることを認めなくてはならない。それがわたしが二人の間に生まれた理由なのだ。彼らがどんな生き方をしたか、高い視点から見、両親の信念をより高い次元で合わせた真実を探求してゆくことが、わたしたちのゆくべき道なのだ。
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あなたの両親があなたに教えたこととは、なんだったのだろうか?
あなたの両親のコントロールドラマは何だったのだろう、そしてそれに対してあなたが取ったコントロールドラマは何だったのだろうか?
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自分の過去を清算するプロセスに、十分に時間をかけて理解し、自分の持っているコントロールドラマを乗り越えなければならない。しかし、一度それを乗り越えれば、なぜ自分がその両親の間に生まれたのか、自分の人生の紆余曲折が何のための準備であったのか、高い次元で理解できる。わたしたちはみな、自覚せずにずっと追求し続けてきた霊的な目的と使命を持っている。一度それを十分に意識するとわたしたちの人生は本当の目的へと動き始めるのである。
第七章 流れに乗る … 次回に続く
グラハム・ハンコック - 2011年07月29日
聖なる予言 第五章

シリーズ 第一章~第四章を読んでいない方はこちら 聖なる予言 第一章, 聖なる予言 第二章, 聖なる予言 第三章, 聖なる予言 第四章
『第五章 神秘体験』
これまでの写本の知恵はどれも素晴らしいものだったことを皆さんにも伝えられているだろうか。
この素晴らしい写本は、第九章まで続くのだが、これは最後まで理解し、伝えていかなければならない。
しかし、写本を反対する者がいるのは事実である。
それは、ペルー政府だ。
写本はペルーのものだが、この写本を政府が抹消しようとしていることをわたしは耳にしていた。
写本に関われば自分の命も危ないとは、わかっているものの、わたしはすっかり写本の虜になっていたのだ。
そして、案の定、その時がきた。
わたしは、この日も写本を求めるべくウィルと一緒にジープで移動するところだった。
しかし、そこには武装した兵士たちがいたのである。
それは、写本に関わる者を排除するところだった。
わたしは必死だった。これは森に逃げるしかない。
後ろからスペイン語で怒鳴る声と同時に銃声が聞こえる。
もう、必死で逃げた。必死で、必死で、死に物狂いで逃げた。
万時休す、もう終わりだった。わたしの後ろの大きな岩の上を、石が落ちていった。兵士が近づいてきたしるしだった。わたしは膝をついた。疲れ果て、弱り果て、最後のため息とともに、わたしは戦うのをやめ、自分の運命を受け入れた。すぐに銃弾が飛んでくるとわかっていた。面白い事に、恐怖がなくなると、死でさえも歓迎すべき事のように思えた。死とはどんなだろうか?わたしは死の体験に自分をゆだねようと努めた。
時間の観念を失っていた長い時間が過ぎた。そして突然、わたしは何も起きなかった事に気がついた。なんとか生き延びたのだ!声にならない笑いの波がわたしを満たした。
空に向かって手を伸ばした時、自分の体の感じが今までとまるで違う事に気がついた。完全な軽やかさの感覚だった。
わたしは岩の上に座った。全てのものが身近に見えた。そよ風に揺れている木々の梢を見ていると、目で確認するだけでなく、まるで自分のうぶ毛がそよ風に揺れているような感じがした。
そう思ったとたん、記憶が過去にさかのぼった。わたしの心は、ペルーの旅に出た時のこと、子ども時代のこと、生まれた時のことへと、どんどん戻って行った。自分の人生はこの惑星上で受胎して誕生した時に始まったわけではないという事実に、はっと気がついた。それはずっと以前、わたしの残りの部分、わたしの本当の体である宇宙そのものが形成された時に、始まっていた。
わたしは最初の物質が爆発して宇宙となる様子を見ていた。そして第三の知恵に書かれているように、本当の意味の固体は存在しないことに気がついた。宇宙は最初は水素だけだった。わたしは水素原子が自然に一つに引き付けられてゆく様子を見ていた。さらに、この最初に出来た星が年を取り、爆発して、新しい星が生まれ、太陽が出来、・・・・・・・・・・両生類が出現し、・・・・・・・・・そして、人類が立った。
わたしは一瞬の間に、進化の全物語を見たのだった。それは、個人としてのわたしたち一人ひとりが出現するだめの進化の歴史だった。
そして、第五の知恵にはこう書いてあった。
二十世紀の最後の数十年間に、この神秘体験は多くの宗教の神秘家たちがすでに体験したものであると、一般に知られ、ほととんどの人にとって、この意識はただ話したり議論したりするための知的な概念のまま止まるだろう。しかし、次第に多くの人々が、自分の人生の中でこうした心の状態を一瞬、かいま見る体験をし、この意識は現実のものになっていくのだ。その体験こそ、世界中の人類の争いに終止符を打つための鍵だ、と。
しかし、このようなより高いエネルギーレベルで生きていくためには、誰もが超えなくてはならないハードルがある。
そのハードルとは…?
第六章 過去の清算 … 次回に続く
グラハム・ハンコック - 2011年07月26日
聖なる予言 第四章

シリーズ 第一章~第三章を読んでいない方はこちら 聖なる予言 第一章, 聖なる予言 第二章, 聖なる予言 第三章
『第四章 権力闘争』
わたしたちはジープに乗って山道を移動していた。その時、とても見覚えのある姿をした男性を見かけたので、彼に話しかけてみることにした。
彼は知り合いではなかった。彼の名前はルノーと言った。
彼は心理学者で、人間はなぜ、互いに相手を暴力的に扱うのかを研究していた。
彼曰く、今までは、こうした暴力はお互いに相手を支配し、優位を占めようとする人間の衝動から来ると理解されていた。ところが最近になって、この現象を内面から、つまり個人の意識という面から、研究するようになった。人間の中で何が起きて、彼に他人を支配したいと思わせるだろうかと、問い直してみたのだ、と。
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エネルギーを見ることができるようになったわたしは、2人の男性が言い争っている場面に出くわした。その時、彼らの間で2つのエネルギーが相手を捕まえようとして引っ張り合っていたのがはっきりと見えた。
写本が示す第三の知恵は、この物質世界は、大きなエネルギーシステムだということだった。
そして第四の知恵はこうである。
人類はずっと、無意識のうちにこのエネルギーの中で唯一つ、自分に開かれている部分、つまり、わたしたちの間に流れているエネルギーを争い合ってきたということを伝えている。人間の闘争は常にこのエネルギーをめぐる争いだった。家族間のささいな争いから、雇用関係から国家間の争いまで、全てのレベルに当てはまる。これは、不安と無力感のため、自分は大丈夫だと感じるためには、他人のエネルギーを盗まねばならないということだのだ。
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男女間でもエネルギーは動いている。時々、どちらかが、ある状況で何とかしてもらいたくて自分のエネルギーを与えることがある。しかし、それはそれは長く続かない。多くの人間はエネルギーを与え続けられるほど強くない。だからほとんどの男女間係は最後は権力闘争になってしまうのである。
人は互いのエネルギーを結合させ、そのあとすぐに、誰がそれをコントロールするか、戦い始める、そして敗者が常に代価を払うのだ。
自分の世界で、自分のものさしで生きていくと、自分のエネルギーを相手に押し付けてぶつかり合ってしまう。
そんな生きにくい小さな世界で生きていく必要があるのでしょうか?
世界はまだまだ、そんな小さな世界だと思います。
しかし、写本は第四の知恵を理解するということは、人間の世界を、エネルギーと権力を追い求める巨大な競技とみなすことだと書いている。しかし、一度自分たちの闘争を理解すれば、わたしたちはすぐにこの戦いを超越し始めるといっていた。わたしたちは人間のエネルギーだけを争い合う争いから自由になる…なぜなた、ついに、他のエネルギー源からわたしたちはエネルギーを受け取る事ができるようになるからだ、と。
そのエネルギー源とは…?
第五章 神秘体験 … 次回に続く
グラハム・ハンコック - 2011年07月25日
聖なる予言 第三章

シリーズ 第一章、第二章を読んでいない方はこちら 聖なる予言 第一章, 聖なる予言 第二章
『第三章 エネルギー』
わたしは空港でウィルと言う人物と出会い、アマゾンに向かう彼と共に旅をすることになった。
初めに着いた場所は山の頂上だった。
その山は見晴らしがよく、とても美しい場所だった。
その景色に見とれていると、女性が近づいてきて、わたしに話しかけた。彼女はサラと名乗った。
「綺麗な場所でしょ?わたしはここで、エネルギーの研究をしているの」と。
彼女は写本の第三章「エネルギー」について森林で研究しているらしかった。
そして、彼女はエネルギーの見方をわたしに教えた。
何かを美しいと感じる時、その物質の存在感が増し、輪郭や色がくっきりと鮮やかになるとは思いませんか?とても目立ちます。輝いています。
次の認識の段階は全ての物のまわりにあるエネルギーの場を見ることです。
そして、わたしはエネルギーをみることにした。
人と人との間にぼんやりと焦点を合わせて、エネルギーを見る。
なかなか見えなかったが、そのうちになんとなく白っぽいピンク色のエネルギーが見えた。
そして、次は植物のエネルギーを見た。
わたしの視界の中にある一つひとつの植物の周りに白っぽい光の場が見えたのだ。その光は目に見えるのに完全に透明で植物の形や色をみえににくするようなことはなかった。わたしは自分が見ているものはそれぞれの植物に固有の美の延長だと気がついた。最初、わたしは植物を見、次にその個性と存在を見、さらに何かが、その姿や形の純粋な美しさの中で拡大し、その時わたしはエネルギーの場を見たのだった。
「すごい!」とわたしは叫んだ。
そして同時にわたしの周りのすべての物が違って見えた。例えて言えば、神秘的な美しさを出すために、森の色彩を強調している映画のようだった。植物も木も葉も空も、全てがかすかな光を放ち、その存在を際立たせていた。そして、そこに生命と、たぶん意識の存在を感じさせた。この光を一度見たら、二度と再び、森林を当たり前だとは思えなくなるだろう。
一度このエネルギーを見ることができるようになると何度でも見ることができるらしい。
サラは言った。
「人間がエネルギーをコントロールすることが出来れば、わたしたちの期待そのものがわたしたちのエネルギーを世界へと流出させ、他のエネルギーシステムに影響を与えるというわけです。
これが第三の知恵が教えていることなのです。」
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森林浴という言葉がある。
森林に入り、樹木の香気を浴び、精神的な安らぎと爽快な気分を得ること。の意味
それは森林の放つエネルギーを見ること、という意味でもあるのだと思う。
木と話す。木にハグする。木の鼓動を感じる。
エネルギーは見るものだけではない気がする。感じることも、匂うことも、聞くこともできると思う。
一番エネルギーを感じれるのが植物だと思う。
その美しさ、強さに光なのか、緑の色彩なのか…
見逃している日常生活。少し、そっちにも目を向けてみるのもいいかもしれない。
そして、人はエネルギーを持っている。
それはオーラと言う言葉で表されるかもしれない。
わたしは以前、イギリスで出会ったRさんにとても強いエネルギーを感じた。
わたしはその時、ハッとさせられた。一瞬、何だったんだろうと。
とても綺麗な明るいグリーンの中にとても濃いダークグリーンが渦を巻いているのが見えた。
菜食主義の人はよくエネルギーが強いと聞く。
Rさんの場合はとても厳しい菜食主義で、ほとんど植物のみを食べる生活をしていると後から知った。だから、そのエネルギーの強さを持っていたのだろう。
第四章 権力闘争 ・・・ 次回に続く
グラハム・ハンコック - 2011年07月14日
聖なる予言 第二章

シリーズ 第一章を読んでいない方は こちら 聖なる予言 第一章
『第二章 今という時』
人生において疑問はつきない。今を生きる人々にとって、その疑問はどんなものだろうか。
そして、思い込み・・・
人間の価値は何によって左右されるのだろうか。多くの人は「お金」で価値を左右されるのではないか。もしくは「社会での地位」、または「身に付けているもの」であったり…
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わたしは何かに掻き立てられるようにペルーに向かうことにした。
飛行機の中で、偶然にも写本について話している人に出会った。彼は誰かにこっそりと、写本について聞いているようだった。ここで、早速、第一の知恵「偶然の一致」が働き彼に出会ったのだ。
彼の名前はドブソン。彼は写本について研究している人らしかった。
わたしは彼と仲良くなり、早速飛行機の中で第二の知恵について話してくれた。
歴史の中で、宗教は人々にとって生きていく上でとても大きな役割を持っていた。
しかし、千年紀の終わりに近くなり、宗教観は失われかけ、その安心感は消えた。次に世俗的な安心感や経済的な安定を追求しているうちに我々は完全に自分を見失ってしまった。
より快適な生き残りのスタイルを確立するために働くことが満足感となり、生きる目的となった。
そして、歴史上での疑問だった「我々がなぜ生きているのか、目に見えないところで何が起こっているのか」といったことをいつの間にか忘れてしまった。
仕事に取り付かれ、ゆとりが無く、ストレスからくる病気になってしまってもペースを落とせないでいる人がどれほどいますか?
自分から目をそらすために一生懸命仕事をし、人生を単なる実務的なものにしているため、ゆっくりできない。自分が生きている理由を知らないという事実を思い出さないためにそうしているのだ。
歴史の中で、人間はとてもたくさんのことを経験してきた。単に自分の一生だけでなく、人間進化、経済発展… めまぐるしい時を駆けてきた人類は、この経済発展への強固な思い込みに気付いた今、‘より長い今'を生きている、生きなければいけない。
そして、今や思い込みから目覚め、本来の疑問を再び考える時なのです。
この惑星上の生活の裏に何があるのか?
わたしたちはなぜここにいるのか?
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あなたの人生を振り返ってみてください。
あなたがあなた自身の生活の中で価値を置いていたものは何ですか?疑問に思っていたことはなんですか?
それはあなたの思い込みですか?
第二の知恵は、今までの自分自身の人生を見つめ直し、再度この疑問に気付くことである。そして、その答えは…
第三章 エネルギー ・・・ 次回に続く
グラハム・ハンコック - 2011年07月14日
聖なる予言 第一章

THE CELESTINE PROPHECY - 聖なる予言
今から、魂の冒険をしに行きませんか?
早速、始めましょう。
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「人生の知恵」について書かれている写本があった。
その写本には、この時期に人類がこうした知恵を一つずつ順番に、理解し始めるだろうと、予言していた。
それに従って、わたしたちは今いるところから、完全な霊的文明へと、移行してゆく。
この写本は、ペルーで見つかった紀元前600年に書かれたもの。
人間社会の大変革を予言しているものだ。
人間社会の大変革とは…
実は写本は「人生の知恵」を九章に分けて、わたしたちに教えていた。
その人生の知恵を多くの人間が手にしたとき、大変革は起こるのだと…
では、一つずつ、見ていくことにします。
『第一章 変化のきざし』
写本について聞いたわたしの友人のシャーリーンは言う。
変革は第一の知恵から始まり、最初は必ず何かを追い求める感覚となって、無意識のうちに表面化するらしい。
第一の知恵は、わたしたちの人生での「偶然の一致」に気が付いた時、始まるそうだ。
あなたは、自分のやりたい事ついて、予感や直感を感じたことはない?人生の進路についてとか…そして、なぜそんな感じがしたのか不思議に思ったことはない?
そのあと、そんなことはすっかり忘れて他のことに夢中になっていたのに、ある時誰かに会ったり、何かを読んだり、どこかへ行ったりしたのがきっかけで、望んでいる方向に導かれたという経験はない?
こうした偶然の一致は、どんどん頻繁に起こるようになって、遂には単なる偶然を超えていると、思い至るんだって。
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第一の知恵が言うように「偶然の一致」に気付いているだろうか。
日常生活で、必ず起こっています。見逃さないで注意してみてください。
小さなことでも良い。それは、単なる偶然ではなくて、それは何かの力に導かれているのかもしれない。
そう、そのためには直感や観察力が必要になるのかも。
でもそれは案外簡単で、意識を高めて、導かれたと感じた時、その方向にただただ進むだけなのである。
その方向がブレていなければ、「偶然の一致」は次々に起こると言っているようだ。
第二章 今という時 ・・・ 次回に続く






